「灘名産 十一の奈良漬」黒田食品

「十一の奈良漬」を使ったレシピ集です。もっとおいしい十一の奈良漬の食べ方をご紹介します。

徳川家康と奈良漬

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「本多忠勝従軍記」によると、大阪冬の陣に家康が茶臼山に陣をしいたときのこと、付近の茶店の老婆が、天王寺蕪の粕漬けを香の物として出したことが記されています。

この頃から浪速の漬物として粕漬けが有名になっていたようです。

また、「浪華図絵」という書によると、大阪天王寺の北門の近くに六万堂という酒屋があり、蔵元から仕入れた上等な酒粕に野菜を漬けて売っていましたが、これが「浪速奈良漬」として評判が高かったといいます。

慶長年間の大阪夏の陣に、「あしひの杜」に徳川家康が陣取っていました。そこに奈良の中筋町の糸屋宗仙という者が、奈良名物の奈良漬を献上し、家康はその風味の良さにたいへん感激したということです。

その 宗仙は町医者ながら粕漬け作りの名人でした。

やがて家康が天下を取り、江戸に戻ってから、そのときの奈良漬の味が忘れられず、奈良から宗仙を呼び寄せ、医者をやめさせ、奈良漬け作りの幕府御用商人にさせたのです。当時も奈良漬は高級なもので、家康はその大ファンだったのです。

奈良漬は当初はどぶろくのたまりの澱などに漬けていましたが、江戸時代に入ると、どぶろくなどの濁り酒の代わりに澄んだ清酒が飲まれるようになります。

その頃、越後の僧が書いた「救荒孫の杖」という本では、「昔は万事倹約を旨としていましたが、今ではすべてがぜいたくになって、濁り酒では満足せず、澄み酒を飲むようになった」と嘆いています。このころには、圧搾機などの酒を搾る道具が発達して、清酒と酒粕を容易に分離できるようになっていました。

そして現在行われているような板粕による奈良漬が作られるようになったのです。

また、うなぎの蒲焼きと奈良漬の取り合わせは古く、江戸時代には築地界隈を「江戸前」と呼び、「江戸前」の看板の店はうなぎ料理屋を指していたといいます。うなぎの蒲焼きには香の物として奈良漬が相性がいいのです。江戸の当時の食べ物のなかで、このうなぎと奈良漬は、日本人の最も好む高級な取り合わせの一つでした。

その証拠に江戸川柳に、「うなぎ屋の隣茶漬けを鼻で食い」 という句もあるのです。

そして・・・時を経て、奈良から、灘の生一本の酒粕と、瓜の名産地の徳島にはさまれた「神戸」という奈良漬作りには最高の土地での奈良漬が誕生したのです。

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